謎の村人の知恵袋〜歌う日常〜

歌と音楽と最近の出来事について、私が知っている知識や体験談・気になった事をシェアします!

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私と音楽

      2016/01/01

勝手ながら、私と音楽の出会いについて書かせて頂きます。

これから自分についての事だけでなく、発声能力向上のノウハウについてなども更新していきますので宜しくお願いします。

1.出会い

音楽との出会いというと、正直これといったものがないのですが、一つ影響しているとすれば父が大のカラオケ好きで家の中で毎日歌を歌っていた事です。私が小さい頃の記憶では、仕事から帰ってきた時に家で歌を口ずさんでいましたし、飲み会帰りも酒臭い+歌でうるさかった覚えがあります(笑)あとよくカラオケに連れて行ってもらっていました。それに対して私はどうなのかといえば、音楽の授業は好きでしたし、もちろん歌を歌う事にも抵抗ありませんでした。気にしている事と言えばすぐに声が嗄れてしまう事です。当時、小学3年から野球をやっていたのですが(これも父の影響)そこでも声を出すのでしょっちゅう声を嗄らしていました。「出会い」という感じではありませんがこんな感じです。。。

 

2.思春期と音楽と楽器

中学生の頃の話です。私は当時、カセットやCDで音楽を聞く程度にはなっていました。歌の方は毎年秋に開催される文化祭での合唱コンクール、よく女子が男子に「なんで男子は歌ってくれないの?ちゃんと歌って!」的な雰囲気になって泣き出す子とかいるんですが、僕のクラスは比較的仲が良くも悪くもなく(笑)割と張り切って練習出来る環境にありました。真面目に練習しました。中学2年の頃にはアコーステイックギターを持っている友達が出来て、その友達の影響を受けて中古屋で3,000円のギターを買いました(笑)安っぽい感じではあるのですが、弦を変えた時の音の変わりように驚いたのは今でも覚えています。そしてその友達と勢いでバンドを組む(笑)私がボーカル(ギター買ったのにw)友達がギター、そしてキーボード持っててPCで編曲とか出来る友達がいたので、その友達も一緒にやる事に!近くの地区の祭りで演奏するみたいな話にもなったのですが、結局やらず、家で録音したくらいに留まりました。ちなみに練習していた曲はポルノグラフィティのアポロやサボテンです。特にアポロはキーが高くて話にならなかったのを覚えています(笑)この頃にお年玉を頑張って貯めてMDを購入。今はMDなんて電気屋で見かけなくなりましたね。。。

 

3.カラオケとの出会い

中学は基本的にカラオケ禁止でしたので、高校から友人とよくカラオケに行き出しました。部活終わった後でもよく行ってました(笑)地方のカラオケは本当に安くて、ドリンクバー込みのフリータイムでも700円とかです。東京では夜30分で5、600円する店もあるのでそれに比べたらだいぶリーズナブルです(笑)カラオケで現実が突きつけられます。「高い音が出ない」「すぐに声が嗄れる」大好きなポルノグラフィティの歌なんて歌えませんでしたorzキーが低い曲ばかりを歌っていました。そして高い音はどうやって出せば良いのかを研究し始めます。この研究についてを書き出すととても長くなってしまうので別の記事に書きます。

 

4.上京と音楽

高校を卒業し、地元を離れ上京しました。最初はホームシックで、地元でよく聞いていた音楽を聞く度に泣きそうになった時もありました(笑)恥ずかしい話です。。。一年も経たないうちに直ったのですが今度は社会人二年目で会社を辞めたくなる(笑)一年目に楽をしてきたツケが回ってきたのです。・・・とここで少し話が逸れてしまったのですが、上京してからは一人でカラオケにも行くようになりました。最初は恥ずかしいですが慣れればまったく気にならなくなります。単純に地元にいた時より歌う回数が増えた事と腹式呼吸とかその他練習を地道にしていたので歌は少し上手くなったと思います。この辺の練習法とかも別の記事でアップしていきます。

 

5.ボイスケアサロンとの出会い

これが私の発声に関する知識と、発声能力を伸ばしてくれた大きなきっかけとなります。こちらも別の記事で書かせて頂きますが、通常のボイストレーニングとは違った新たな出会いとなりました。

 

6.バンドを結成!?

ある程度歌が上手くなってきたと勘違いした私はバンドを結成しました。丁度20歳の頃です。ポルノグラフィティのコピーバンドです。ボーカルは私。他のメンバーはmixiで集めました。キーボード含む5人体制です。ギターの兄さんはギター歴10年でメチャクチャ演奏うまいし、他のメンバーもそれぞれこだわりがあって上手かった!ここで重大な欠陥が発覚。・・・私の歌が下手くそであること。キーが届かない。昭仁さんの声質とまったく違う↓ライブは全部で3回行い、MCとかも考えてそれなりに受けた時もあったのですが、やっぱりボーカル力が足りない。気を使われながらもメンバーにも指摘を受け、自分で結成したにも関わらず自ら脱退。でも人前で演奏するという。本当に良い経験になりました。

 

7.またバンドを結成(笑)

諸事情により、仕事で1年だけ茨城へ行く事になりました。前からやりたかったドラムをやるために、電子ドラムを購入して寮の部屋に設置。当時4人部屋だったのですが奇跡的にもみんな音楽好きで快諾してくれたので寮での練習がスタート。(他の部屋から苦情もありましたが(笑))兼バンドを結成します。そこではドラムがほとんどでしたが一部、ボーカルもやらせて頂きました。歌についても細かいところで日々練習していたのです。なんのために茨城行ったんじゃ!という感じですが研修だったのでプライベートも充実していたのです。ドラムの練習方法についても別の記事に書きます。一年間の集大成のライブは大成功に終わりました。

 

8.再び東京、そして

電子ドラムは茨城で後輩に売りました(笑)東京ではさすがに電子ドラムは置けないと判断したからです。地元だったら確実に持って帰っていましたが。友達からベースを譲ってもらったので、最初はベースを練習していました。(今でもたまに触ります。)しかし、仕事が忙しくなるに連れ練習をしなくなってしまいました。そんな中でも追求するのはやはり「歌」。継続して意識しているからか、毎年ほんの少しでも高い音が出せるようになってきた気がします。同時に「高い音」にこだわるだけでなく、自分の声に合った歌を探すようになりました。これはポルノバンドで失敗した時から芽生えた気持ちですが、やはり人には向き不向きがあると思ったからです。この辺も別の記事で意見を書いていきたいと思います。

 

9.歌における私の武器

最後に、最近気付かされた事です。私は俗に言う、「ハモり」が得意です。学生時代の合唱で全てのパートを聞くように練習していた癖があるためか、コーラスパートがある曲でも何回か聞けばハモりの部分をすぐ歌えるようになります。(キーが高すぎる曲は除く)先程の向き・不向きの話ではありませんが、これからはこの武器を全面に出して(笑)歌っていこうと思っています。

 

という事で駄文を書き連ねてしまいましたが、一つ言える事は私は音楽が好きで特に歌に対しては探求心があるという事です。「歌」というよりは「発声」に関してですね。練習によってどこまで上達出来るかが楽しみなのです。もし元から歌手のように上手かったらこの楽しみを感じる事が出来ず日々を送っていた事になります。といいつつ、やっぱり例えばEXILEのATSUSHIさんや私の永遠のスターポルノグラフィティの昭仁さん、B’zの稲葉さんのように声が出せたらどんな世界が待っているのだろう。人と比べるのは良くないですが、これからも向上心を持って研究をしてきたいと思います。

 - コラム(雑談)